TRADIZIONALE 伝統

「能楽師、辰巳満次郎さんに聞く。「能は“感じる”芸術。五感で味わう引き算の美」」イメージ

能楽師、辰巳満次郎さんに聞く。
「能は“感じる”芸術。五感で味わう引き算の美」

能を初めて観るとき、セリフの意味がわからないのではと不安になる人も多いだろう。しかし、能は言葉を理解することよりも、五感で感じ、想像力で完成させる芸術であると能楽師・辰巳満次郎さんはいう。能を観るうえで大切にしたい視点、そして時を経ることで磨かれる伝統の真価とは。重要無形文化財保持者の満次郎さんに話をうかがった。

五感で感じ、想像して楽しむ

能を初めて見る方には、どういったところを楽しんでもらいたいですか。

「能を初めてご覧になる方には、ぜひ“感覚で見る”ことを大切にしていただきたいと思います。難しく考えず、五感で感じていただきたいですね。能は古い言葉や和歌を多く用いているため、初めての方には言葉を理解するのが難しく感じるかもしれません。ですから、事前にストーリーだけ下調べてしていただき、あとは“感じる”ことに集中していただければと思います。能は“引き算の美学”を追求した芸術です。つまり、お客さまが見たものに自らの感覚を足して完成させるのです。言っていることが分からなくても気にする必要はありません。ただ感じて楽しんでいただきたい。それが私の願いです」

シテ方宝生流能楽師、辰巳満次郎さん。

能の受け止め方は一つではなく、人それぞれなのですね。

「そうなんです。能が舞台セットを出さない理由もそこにあります。舞台が語るのではなく、山と聞けば見る人が頭の中で山を想像する。想像して楽しむことが前提にあり、それをよしと考えられていた時代に生まれた演劇なんです。だからこそ、見る側にある程度の想像力や受け止める余白が求められるんですね。能楽は“敷居が高い”と言われることもありますが、自由に感じて頂くことでバリアフリーになると思います」

満次郎さんは、3歳の頃からお父様の指導で能を始められたそうですが、お稽古はどんな感じでしたか?

「能の稽古は、まだ物心がつくかつかないかの頃から始まります。“座っていなさい”と言われれば、座っていられるぐらいの年齢ですね。その年代の子には、まず能の楽しさを感じさせることが大切です。世阿弥も家伝書の中で年齢ごとの稽古の方法を指南しています。昔と今では平均寿命は違うものの、それを読むと、教育論としては非常に的を射ていると感じました。私自身も幼少期には、おおらかに指導を受けました。そして小学校に入る頃には、我慢することを覚えさせられました。というのは、子どもは野放しにすると自由に振る舞ってしまいます。それは舞台では絶対に許されません。たとえ子どもであっても舞台ではプロでなければなりません。そのため能の本質である“神や宇宙に奉納する気持ち”を持つよう教えられます。その後も長い期間、修行と鍛錬を重ね、30歳代頃までに現存する約200曲の基礎的な稽古をおさめます」

現代人へのメッセージと能の普遍性

能の演目にはそれぞれメッセージが込められていると思いますが、今の人々に相応しいメッセージがあれば教えてください。

「現代ほど“明日への不安”を抱えて生きている時代はないと思います。能の作品は昔作られたものですが、そこから得られる学びや示唆は今の人たちにも通じるものだと思います。まず、想像力や感じる力を養うことができます。能を楽しむときは、その背景にある歴史やテーマを感じることが大切です。例えば、鬼や罪人が主役の演目では、なぜその人が鬼や罪人になったのかという背景が込められています。テーマも恋愛や身分の違いといった、現代と変わらない問題が描かれていたりします。当時の人々は、今よりも自由に人生を捉えていた部分はあるかもしれませんが、本質的なことは今も昔も変わりません。ですから、そこには人生をどう生きるかを考えるヒントが込められています。能は気分転換として楽しむこともできますが、心を静め、深い感性を育てることもできる。そんな奥行きがあるのです。どなたがご覧になっても、必ず何かプラスになることがあると思います」

能が1000年以上続いてきた理由は何だと思われますか?

「能が1000年以上続いてきたのは、ただ古い伝統を守ってきただけではなく、時代ごとに変化してきたからだと思います。ここはパルミジャーノ レッジャーノにも通じる部分だと思います。能の歴史や成り立ちは古いですが、実はその時代のパトロンやスポンサーに受け入れられるように、戦略的に表現を変えてきた側面があります。特に世阿弥が成功したのは、貴族社会に受け入れられるよう文学的な要素を取り入れ、芸術性を高めたからです。江戸時代には白足袋が誕生し、白足袋とヒノキの舞台という現在の形式が完成しました。この頃には新曲を作ることが禁じられていましたので、同じ曲を繰り返し演じることになります。その結果、技術が磨かれ、芸術性がさらに深まりました。1000年の間ずっと同じことが繰り返されてきたわけではなく、その時々の時代と共に歩みながら、今の形を作り上げていったのです」

変わらない“祈り”が支える能の核

長い歴史の中で、能が変わらずに大切にしてきた“核”とは何でしょうか?

「さまざまな変遷を辿りながらも、能にはほとんど変わっていない大切なものがあります。それは“祈りの心”です。ここで言う祈りとは、平和や幸福、安寧への想いです。この祈りの心というコアな部分を伝え続けてきたからこそ、今日まで受け継がれてきたのではないかと思います。そしてこの部分はパルミジャーノ レッジャーノのモノづくりにも通じるのではないでしょうか。守ってきたものの内容は違っても、独自の価値を持ち、それを大切に支えてきた人たちがいる。だからこそ何百年もの間、受け継がれてきたのでしょう。伝統を大切に守ってきた想い。それこそが人間の素晴らしさであり、そうした人々の心に支えられて続いてきたのだと思います。私たち役者も、その心を忘れずに舞台に立たなければいけないと思いますね」

パルミジャーノ レッジャーノでは、職人さんが経験をもとに気温やその時の環境に応じて作り方を微調整しています。舞台の世界においても、こうした舞台に応じたアレンジを行うものですか?

「能の世界でも舞台やお客さま、開催の目的に応じて細かな調整を行います。例えば“羽衣”や“高砂”といった定番の演目でも、そのときのコンセプトによって気持ちや表現方法を変えて、演じることがあります。また野外公演などでは、その日の天候や太陽の位置など自然を考慮して演じることもあります。その意味では、まさに自然と調和しながら歴史を紡いできた芸能だと言えるでしょう。より良いものを求めて調整を重ねる点は、パルミジャーノ レッジャーノの職人さんの想いとも共通するかもしれませんね」

歴史と鍛錬が生む、本物の深み

伝統的なものは、長く続いてきたというだけでなく、時を紡ぐことで、より良いものを後世に繋ぐという役割もあるように感じます。

「それはもちろん能にも当てはまります。能楽師は鍛錬を重ねることでより良い演技を目指します。進化がなければ続ける意味はないでしょう。そしてその過程を経て、受け継がれてきたものの重みを感じることもあります。例えば、昔、師匠から習った教え。当時は理解できず納得できなかったり、わかったつもりになっていたということが誰にでもあると思います。私たち能楽師も、何十年かの経験を経て身につけたつもりでいても、“伝統や歴史の重みはそんな簡単なものではない”と、やがて気づかされることがあります。実際、教わったことと違うやり方を試してみたこともありますが、結局は言われた通りにするのが最善だと理解することもありました。伝統の深みを知り、謙虚な心で日々鍛錬を重ねる。それこそが伝統との接し方であり、私たちが頼りにするものです。昨日より今日、今日より明日、少しでも上手くなることが必要です。“初心忘るべからず”の本来の意味はそういうことだと思います」

「能は引き算の美学を極めた芸術である」と話す満次郎さん。“観客が想像力を使って楽しむ世界”としたうえで、その表現者として、伝統の深みを知りながら日々鍛錬を重ね、さらなる高みを目指す姿勢が印象的だった。

そしてその歩みを止めない心意気は、長い年月をかけて受け継がれてきたパルミジャーノ レッジャーノのモノづくりにも通じるものを感じた。作り手の技と心が注ぎ込まれ、最後は受け取る側が自由に味わい、完成させる。だからこそ、何百年という時間を超えた“伝統の旨味”が人々の舌を打つことができるのだろう。

Text:曽宮岳大
Photo:望月勇輝

※パルミジャーノ・レッジャーノが認定を受けるPDOとは:
パルミジャーノ・レッジャーノは、EUの原産地名称保護(PDO)に認定されているチーズです。添加物や保存料を一切使用せず、伝統的で自然な製法によって作られています。また、世界で最も模倣や偽造が多いチーズの一つでもあり、PDO制度はこのような製品の呼称や品質を守るために設けられています。

欧州連合規則 第1144/2014号に基づくプログラム101194314 ENSO-EU ― 欧州連合の共同出資による。
※EU規則1144/2014に基づく、EU支援の農産物販促プロジェクトです。